対談

対談日:2022年10月21日

  • 角南

    学会が終わって、お疲れのところありがとうございます。今回、先生方に耳科学の魅力について伺いたいと思います。なぜ、先生たちが耳科学を続けてきたのかということをお教えいただけますでしょうか。耳科学を目指す若手を増やすために、何をすればいいかをご教授いただければと思います。男女共同参画の企画ですが、今はもう、女性に向けての話だけではないと思います。先生方が、耳科学に取り組むようになったきっかけと、取り組んできた道のりを教えてください。

  • 飯野

    一言で言えば、環境です。私が入局したのは、東北大学でした。ちょうど入局した年に、教授が滲出性中耳炎で宿題報告をされました。医局員全員が、中耳を研究をしていました。初期研修病院は東北労災病院でした。接着法で有名な湯浅先生の下で、中耳手術の手ほどきを受けました。その当時、湯浅先生は真珠腫による骨破壊の研究にとりくんでおり、私も研究のお手伝いをさせていただきました。その延長で、大学に戻り、真珠腫における骨破壊機序で博士号を取りました。その頃は、大学院に行かなくても、6年くらいで博士号が取れる時代でした。臨床も研究も耳科学で行ってきましたので、選択は耳科学しかありませんでした。ですから、耳科学に取り組むようになったきっかけは、環境以外の何物でもありません。私の時期の東北大学は内耳と中耳の研究がメインでした。

  • 角南

    その当時は、耳の研究をして、そのまま教授になった方が非常に多いということですか。

  • 奥野

    耳の教授は多かったです。

  • 小林

    先生の世代はすごいです。

  • 奥野

    私は頭頸部腫瘍を専門にしたいと思っていたのですが、教授が耳を専門とされる野村先生に替わり、飯野先生と同じく、野村教授の宿題報告の仕事が当面の課題で、テーマが蝸牛窓でした。入局したばかりですが、私でよければ、何かいたしますと言って、蝸牛窓の研究をすることになりました。蝸牛窓の形態を見たり、外リンパ瘻をつくったりしました。動物実験もしました。飯野先生と同じく、私の学位も教授の宿題報告のテーマの一つの蝸牛窓でした。

  • 角南

    耳科学に入りたいわけではなかったのですか。

  • 奥野

    手術をしようという思いは変わりません。頭頸部の手術をと思っておりましたが、結果的には耳の仕事になりました。

  • 小林

    私たちのときは、研修医制度がありませんでした。卒業をして、いきなり入局しました。現在の研修医はさまざまなところを回って、2年間のうちに見えてくることがあります。私達の時代は選択肢が少ないといいますか、どの科を選ぶか、耳鼻科を選ぶかどうかというところが問題でした。

  • 奥野

    私は手術をする科に入ろうと思っておりました。その頃は、さらに封建的でしたから、女性は要らないという科もありました。

  • 小林

    ありましたね。

  • 飯野

    耳鼻科の中でもありましたね。

  • 奥野

    ありました。

  • 角南

    耳の手術を専門的にしていくことになったのは、知らない間に手術をしていたという流れでしたか。

  • 奥野

    私は、宿題報告の仕事の頃から含めて、随分と側頭骨を扱わせてもらいました。その後、学位を取って、側頭骨の研究のためにアメリカに行ったときも、土曜日に、アメリカの学生教育のために、側頭骨の標本を作るので手伝ってほしいと言われて、2年間、さまざまな手術の見本を作る手伝いをさせてもらいました。それも大きかったです。あとはアメリカでは、さまざまな手術を見に行きました。レジデントと一緒に、ダイセクションコースや教育に入れてもらったのも大きかったです。

  • 飯野

    夫が東京大学に異動になり東京に転居し、現在の国立国際医療研究センターに勤務しました。医長が、東京大学出身の先生でした。地下の研究室にホルマリンに浸けた側頭骨がたくさんありました。重要なものは、帝京大学に頼んで側頭骨標本を作ってもらっていましたが、それほど重要ではないものは削っていいと言われ、ずいぶんdissectionしました。そういう時代でした。

  • 奥野

    昔はありました。現在は、制限があってとても無理です。現在は3次元でだいぶ精密な標本ができます。

  • 小林

    現在は乳突洞などを削ったことがなくて、いきなり、経外耳道的内視鏡下耳科手術という人はいないですか。

  • 角南

    いないと思います。少なくとも、大阪公立大学ではさせてないです。

  • 小林

    将来的には、そういう人が出るかもしれませんか。

  • 飯野

    出ると思います。鼓膜形成くらいならばしてもいいとは思いますが、もっと上鼓室の方の操作が必要な場合は、削った経験がないと駄目だと思います。

  • 角南

    鼓膜再生医療ならばいいと思います。耳小骨を触らないといけない手術を行うには、できれば、顕微鏡の手術をある程度はできるようになってから、経外耳道的内視鏡下耳科手術に取り組んだほうがいいのではないかと思います。

  • 奥野

    最近、三井記念病院だけではなく、東京大学の関連病院に手術に行くと、顕微鏡手術より、経外耳道的内視鏡下耳科手術のほうが分かりやすいようです。

  • 小林

    画像が良いです。

  • 奥野

    顕微鏡手術をしてもらうと、顕微鏡を振るということが上手にできません。

  • 飯野

    若い人たちは、こまめに顕微鏡を動かさないですね。同じ所で見ます。もっとどんどん動かさなければいけません。

  • 小林

    視野の取り方が下手です。

  • 奥野

    下手ですね。色々な説明をするのですが、あまり慣れていないのか難しそうです。経外耳道的内視鏡下耳科手術は見えるのでわかりやすそうです。

  • 飯野

    必ずしも、正常解剖の人たちばかりではないので、それが怖いです。術後耳では時に、正常構造が壊されているときもあります。正常解剖をしっかりと頭の中に入れておかないと、経外耳道的内視鏡下耳科手術も危険だと思います。

  • 小林

    若い先生たちは、鼻を全て内視鏡手術で行っています。そこで慣れているという意識があるので、耳もできると思ってしまうのではないかと思います。

  • 角南

    鼻は、片方ずつで教えやすいようです。経外耳道的内視鏡下耳科手術は、耳の顕微鏡手術がある程度できている人にしか任せられません。

  • 奥野

    若い人は、内視鏡の扱いに慣れていて、意外と上手です。鼓膜皮弁を上げるところなどはしてもらったりします。まずは、そこまでです。

  • 飯野

    外リンパ瘻の内耳窓閉鎖術は、見える所に詰めるだけで、どこも削らないので、させてもいいのではないかと思います。

  • 奥野

    一応、正常構造の症例なので、それが一番いいと思います。

  • 小林

    先生たちの、現在もずっと手術をしていくモチベーションはなんですか。そこが、皆が知りたいところではないかと思います。

  • 奥野

    私は、アブミ骨手術が好きなんですが、手順がすっきりしているのが理由なのと、良くなると、本当に患者さんがコミュニケーションが良くなったと喜ばれるからです。

  • 飯野

    やはり、患者の満足度です。しかし、全てが全て、うまくいくわけではありません。術後に聴力が上がらない人に、前と変わらないと言われると、気落ちします。

  • 奥野

    一生涯のお付き合いの人もいます。

  • 角南

    先生がたでも、そのようなことがありますか。

  • 奥野

    何とかしてあげないといけませんから、できることは全てします。

  • 飯野

    私は、子どもの患者が多かったです。3歳くらいで手術をした子が、大きくなって、外来にあらわれてびっくりします。子どもの耳はどんどん形態が変わって、外耳道に骨が出てきたり、聴力が良くなったり、悪くなったり、さまざまです。私は、帝京大学の鈴木淳一先生からも、中耳手術を学びました。鈴木先生は、小児の真珠腫は私がしますと、言っておられました。小児の中耳手術は、それくらい難しいのです。鈴木先生ご退任の5年くらい前から、小児手術は飯野さんがしなさいと、随分小児の手術をさせてもらいました。小児の中耳手術は、大人に比べて、反省するところがとても多いです。子どもたちを見ていて、良い方向へ向かわせなければいけないというのも、続けるためのモチベーションの一つだったかもしれません。

  • 小林

    お2人とも、手術をやめようと思ったことは、一回もありませんか。

  • 奥野

    そうですね。一回もないですね。

  • 小林

    素晴らしいです。ライフイベントなど、さまざまなことがありますが、一回もありませんでしたか。

  • 角南

    先生はいかがでしたか。

  • 小林

    私もなかったです。私は、先生たちに比べると、もっと気楽な立場なので、続けて当たり前でした。私も、手術が楽しくて耳鼻科に入りました。私の時代は、鼻の手術は内視鏡ではありませんでした。

    Caldwell-Luc手術だったので、暗くて、全然見えませんでした。額帯鏡の時代だったので、とても嫌でした。顕微鏡を使っている耳科手術に目が向きました。私もやめようと思ったことは一回もありません。

  • 飯野

    Caldwell-Luc手術を行っているころは、鈎引きばかりでした。

  • 小林

    鈎引きばかりでした。

  • 奥野

    見えませんでした。

  • 小林

    角南先生は、鈎引きは知りませんか。

  • 角南

    実は、知っています。私は、ちょうど、鼻の内視鏡が始まる時期でした。結構、Luc手術もしました。鈎を引いていて、下がってきて、怒られました。見えないから、首を出して視野の邪魔をして怒られました。

  • 小林

    何も見えない時代でした。

  • 奥野

    内視鏡も、最初の頃は、画像も悪くて、結構、暗かったです。

  • 小林

    それでも、裸眼で手術した時代を考えると、すごかったと思います。

  • 奥野

    最初、内視鏡は局部麻酔でしたね。全身麻酔ではありませんでした。

    アブミ骨手術が好きだった理由があります。東京大学は、耳後部に切開を入れないで、経外耳道で手術をします。患者さんに、「先生、どこから手術したのですか。魔法みたいです」、「聞こえが良くなって、うれしいです」と言われて、本当にうれしかったです。しかし、全員が良くなるわけではありません。長く手術をしていると、一生涯のお付き合いになるような、つらい人もたくさんいます。

  • 角南

    先生方でも、良くならないことがありますか。

  • 奥野

    患者さんに、アブミ骨手術の後、あまり重いものを持たないように伝えますが、女性は家に帰って、暇があると、掃除や買物、風呂掃除などつい働くんです。

  • 角南

    影響しますか。

  • 奥野

    はい。スーパーマーケットに買い出しに行き、安かったので、重いものを買って持ってきて調子が悪くなったという人もいました。

  • 小林

    若い先生たちが、耳科、鼻科手術などを、続けていくためには、何が必要ですか。

  • 奥野

    好きだということではないかと思います。やはり、好きなことは続きます。

  • 飯野

    好きだということと、やはり、環境ではないかと思います。私は、たまたま、症例が集まるところに行けたので、続けることができました。東北大学では、3カ月に1度くらいしか、耳の手術が回ってきませんでした。ほとんどが腫瘍の手術でした。

    帝京大学では、年間に250例くらいの中耳手術があり、そのうちの3分の1くらい手術をさせていただきました。現在勤務している東京北医療センターの若い先生たちは耳の手術経験がそれほど多くはありません。ですから、若い先生たちにどんどん手術をしてもらっています。面白くなってきたと言っています。

  • 小林

    手術が好きになるには、経験しないと分かりません。好きになる前に、件数がないと、そこまではいきません。

  • 角南

    先生たちは、若い先生が手術しているのを、我慢して見ておられますか。

  • 飯野

    危ないときは、取り上げます。手が止まって、うろうろ、同じことをしだすと、この人は迷っていると思って、ちょっと代わるねと。これまでは、ずっと見ていましたが、最近は、1時間半くらい手術をしてもらって、頃合いを見てop室に行ったりもします。

  • 角南

    いると、胃が痛くなります。

  • 奥野

    私はずっといます。じっと見ています。

  • 小林

    私も見ていると絶対口を出してしまいます。
    私も、最初からは行かないことにしました。ドレープを掛けるところからずっと一緒に入っていましたが、行くと、セッティングのこともいろいろと言いたくなります。ですから、最近は1時間くらいたってから、手術に入るようにしました。

  • 角南

    現在は、耳を専門にしようという人ではないと、手術をしなくなっています。ある程度、皆にさせたほうがいいですか。

  • 小林

    専門医制度の中で、鼓室形成術は、経験しなければならない手術に入っていますか。

  • 角南

    鼓室形成術は、助手でいいことになっています。

  • 奥野

    鼻の手術は入っています。実は最初は、耳の手術も入っていました。そうすると、症例数が足りない施設が出てきて、耳の手術の経験は助手で良いということで妥協しました。現在は、経外耳道的内視鏡下耳科手術があり、それこそミリンゴのように、危なくない手術が出てきたので、見直して、復活したほうがいいと思います。そうすると、皆が興味を持つようになるのではないかと思います。現在は、見ていると、皆、内視鏡を使い慣れていて、耳もしてみようという気は十分あるので、入れてもいいような気がします。チャンスだと思います。そうすると、ちゃんと鼻の手術と並びます。皆の興味も出てくるのではないかと思います。その中から、耳を専門とする人だけ、その次のステップへ行けばいいと思います。鼓膜形成術でもいいですし、皮弁を上げるところでも、内視鏡を使ってすると、もっと興味が湧くと思います。鼓室内に入って耳小骨が見えると、きれいなので感激すると思います。

  • 飯野

    学生たちも、目をきらきらさせて見ていると言っていました。

  • 奥野

    うちは、10年前に、松本有先生が、3次元の顕微鏡を入れてくれました。3次元で見ると違います。

  • 飯野

    東京北医療センターも、経外耳道的内視鏡下耳科手術の4Kシステムはすぐに入れてもらえました。

  • 奥野

    4Kが入ると、画像がいいから違います。

  • 飯野

    きれいですよ。

  • 奥野

    普通の顕微鏡も、モニターを4Kにつなぐと、ばりっとしてきれいです。

  • 角南

    内視鏡で手術を始めて、画像がきれいなので、TEESにはまりました。最近、顕微鏡を新しいものに替えて、もう一度、顕微鏡での手術にはまりました。画像がきれいだと、その器械で手術をしたくなります。

  • 奥野

    ある関連病院で、モニターが4Kに替わったら、非常にきれいでした。大きいモニターがたくさんあると、皆、ちゃんと手術を行います。

  • 小林

    お金はかかるでしょうが、新しいものを入れると、それに若い人たちも付いてきますから、大事です。耳の分野に特化する先生たちが減っています。耳科学会も、聴覚医学会も、会員が減っています。言語聴覚士の人たちはコンスタントにいますが、ドクターが減っていて、非常に危機感を持っています。

  • 角南

    専門医制度での必要事項として耳の手術の部分を変えるのは、大きいかもしれません。

  • 奥野

    あと数年で、変え時ではないかと思います。

  • 小林

    専門医の必要事項として鼓室形成術などの、耳の手術を入れるといいのではないかと思います。顕微鏡手術でも、経外耳道的内視鏡下耳科手術でも、入れるといいのではないかと思います。

  • 奥野

    鼓膜形成術などを入れるといいですね。

  • 角南

    そうすると、教えるほうも、教えなければと思いますね。

  • 奥野

    はい。

  • 飯野

    しかし現在、頭頸部領域を専門とする教授が増えていて、教室全体が頭頸部領域になっている大学も多いです。がんセンターに行く人もいます。そのような人たちは、その後のチャンスがあまりありません。

  • 奥野

    専門医のときに、1、2例ぐらいというレベルです。たくさんあるところもありますが、症例数が厳しい施設もあります。専門医制度が今のようになり、耳の手術も必須になったので、症例数が増えていますが、それまでは、非常に差があり、これで専門医試験の受験を認めて良いかということがありました。もう少し経験してくださいとお願いしたこともありました。ですから、耳の手術経験を必須にして、さまざまなレベルは上がったと思います。その代わりに、専門医制度のほうへ走ってしまうので、研究ができません。昔は、入局したら、臨床と研究の二本立てでした。

  • 飯野

    そうですね、両方でしたね。学位は6年で取りました。小林先生のところは、大学院を出て、博士号をもらったら、すぐ開業する人はいますか。

  • 小林

    います。昭和大学は臨床実地家を育てる事が目的の大学で、開業希望の人が多いです。新型コロナウイルス感染症もあるし、この時代に開業するのは、非常に大変だと思います。

  • 角南

    何とか、耳科学を魅力的と思ってもらい、専門にして、ゆくゆくは耳科学で業績を上げ、教授になる人たちが出てくるような仕組みをつくらなければなりません。

  • 奥野

    この学会を見ていると、皆さん一生懸命に耳科学を極めようとしておられるように思います。

  • 小林

    発表を聞いても、一生懸命にしています。

  • 奥野

    若い方は優秀です。

  • 飯野

    基礎的研究を一生懸命頑張っている先生の発表も多いですね。

  • 小林

    それを5年、10年と続けてもらうためには、どうすればいいですか。

  • 奥野

    皆、たんたんと行っているので、続けそうです。

  • 小林

    たんたんと続けてほしいと思います。

  • 角南

    男性、女性にかかわらず、本当に手術をずっと続けている人は、年代ごとにだんだん少なくなっています。

  • 小林

    耳科学会の会員も、40代、50代くらいから、がくっと減ります。そのくらいで、開業すると、手術をしなくなります。

  • 飯野

    50歳が、一つのラインのようです。皆、そこで悩んで、開業する人もいるし、続ける人もいます。耳科学会会員の年齢に関するグラフを見て、やはり50歳なのだと思いました。

  • 小林

    子どもを私立の学校へ行かせるなどの養育費を考えて、大学の給料では食べていけないと言って辞める人もいます。そのようにはっきり言われてしまうと、そうだとしか言えません。

  • 奥野

    せっかくトレーニングした技がもったいないです。

  • 小林

    そこは難しいです。これからは、クリニックも、勤務医も、特化しないと大変です。開業医の先生たちは、家庭医のような制度ができると、中耳炎、扁桃炎はそちらに行ってしまい、耳鼻咽喉科に来ないのではないかととても心配しています。

  • 奥野

    総合診療医みたいな形ですか。

  • 小林

    はい。総合診療医ができると、耳が痛い、喉が痛い、鼻水が出るくらいは、耳鼻科に行かないで、そちらへ行ってしまいます。そこの先生が、耳鼻科に行きなさいと言えば、行くかもしれません。

  • 飯野

    小児診療は小児科との棲み分けです。

  • 角南

    小児科の先生は、きちんと鼓膜を診られますか。

  • 小林

    診ている先生もいます。

    今年、小児耳鼻咽喉科学会の発表で、ちゃんと内視鏡で鼓膜を見て、ファイリングしている先生がいました。中には、すごい先生もいます。

  • 飯野

    東京北医療センターの小児科は、20人くらい常勤医がいます。

  • 奥野

    東京北医療センターの小児科はすごいです。夜と昼が同じくらい人数がおられますね。

  • 飯野

    鼓膜が赤くなっているように見えるけれど中耳炎ですかと、きちんと紹介してくれます。非常にありがたいです。また、耳垢があって見えませんと回ってきます。ですから、必ず耳も見ているようです。

  • 小林

    その先生は、小児科で耳垢を取ると言っていました。

  • 角南

    耳垢がうまく取れない若い先生もたくさんいます。

  • 小林

    今の若い先生たちは、新型コロナウイルス感染症の流行の影響で、急性中耳炎を見たことがありません。

    この2、3年で激減しています。昔は、大学の救急夜間には、急性中耳炎がたくさん来て鼓膜切開をしていました。現在は全然来ません。

  • 飯野

    この3年間くらい、反復性中耳炎でチューブを入れた子どもはゼロです。その前は反復性中耳炎でチューブを入れた子は、年間に何人もいました。

  • 角南

    子どもの耳はこの2年間で良くなっていますか。

  • 飯野

    非常に良くなっています。

  • 角南

    この2年間で中耳炎にならなかった子どもの割合は、将来の中耳疾患に割合に関わってきますか。

  • 飯野

    そうだと思います。

  • 角南

    真珠腫などが減る可能性もありますか。

  • 飯野

    あるのではないかと思います。

  • 小林

    滲出性中耳炎も減っているのではないかと思います。口蓋裂以外の症例は減っています。ここから先の病気が変わってくるかもしれません。

  • 角南

    どなたか、そのようなデータを取っておられますか。

  • 小林

    今回、千葉の子ども病院の仲野先生が発表していました。海外でも、そういう論文が出ています。

  • 角南

    10年、15年の経過で、疾患の割合が変わるかもしれませんね。

  • 小林

    子どもの上気道炎は少し減っています。

  • 飯野

    私が、自治医大さいたま医療センターにいたときに、若い先生に、抗菌薬ができる前の年齢の慢性穿孔性中耳炎症例と、抗菌薬が出てからの年齢の症例の乳突蜂巣の発育を比較してもらいました。すると、やはり全然違いました。昔の中耳炎の人たちは、本当にscleroticで、発育が非常に悪い人たちが多いです。最近手術をしている症例は、結構、乳突蜂巣の発育が良いです。中耳疾患は、治療、罹患率でかなり変わってくるのが分かりました。

  • 角南

    最後に、まとめの言葉をいただけますか。今後、若い耳科学の専門家をつくっていくために、一言ずつ、こうしたほうがよいということがあれば、言ってください。

  • 奥野

    私は、耳科医を目指し、手術をたくさん経験したい人には、手術をさせています。ずっと付いて、手術をさせています。

  • 小林

    たくさんのチャンスを与えてあげるということですか。

  • 奥野

    はい。教えてあげて、できるとなると、皆、したいと思うのではないかと思います。

  • 小林

    最初に言われていた通り環境ですね。

  • 飯野

    以前NHKテレビの『プロフェッショナル仕事の流儀』で、黒柳徹子さんが、プロフェッショナルというのは、ただ素晴らしい技術を持っているということではなく、情熱を持って、円熟した技術を継続することだと言っていました。私は、よく、若い女性医師にオンリーワンを持ちなさいと言っています。ですから、円熟した技術、オンリーワンを自分で持ち、情熱を持って続ければ、絶対に大丈夫と思います。

  • 角南

    本日はお時間をいただき誠にありがとうございました。大変有意義なお話を伺うことができました。今後とも、ご指導いただきますようお願いします。